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2004年 12月議会
「人権侵害の救済に関する法律の早期制定を求める意見書」 反対討論

小林議員(12/13)    

* 記事はすべて、共産党県議団事務局のテープおこしによるものです。



議題6号 人権侵害の救済に関する法律の早期制定を求める意見書について反対の討論をおこないます。
 皆さんもご承知のとおり、人権保護法は自民党はじめ国会でも多数が中身に不備があるとして第157通常国会で廃案になったものを再度制定させようというものであります。今回の提案された議案は今年の春、部落解放同盟が「人権侵害救済法案」の要綱を発表した中身とほぼ一致するものであります。「国民融合全国会議」ではこの点を厳しく指摘しています。
 その第1は、人権擁護とは公権力による人権侵害から市民を守ることにある。人権救済機関の事務局を法務省が握るということでは人権擁護の役割を十分果たしていくとは考えられない。
 第2に、人権擁護と言いつつ、その中に労働者の権利の擁護が書き込まれていない。人権擁護の中心的課題である、生きる権利、働く権利を無視するものだ。
 第3に、みだりに報道などという曖昧な規定によってメディアによる報道被害を対象としていることは、これは表現の自由への公権力の介入を合法化するもの。
 第4に何を差別的にするかは人権委員会の判断に委ねられる。国民の言論表現活動をも規制の対象としていること。何が差別であるかの判断は難しく法や行政による規制はかえって問題の解決を困難にする。国民融合の進展により部落問題を解決促進してきた我々はこの法案の危険性を指摘して廃案を求めると明確にしています。人権委員会を地方につくり、そこに足場を築き同和行政の復活を目指すものに他なりません。部落解放運動は封建社会の仕組みとして、職業の選択も、居住の選択も奪う人権を全く無視した制度をなくし、劣悪な環境の改善を求める運動であります。この解消のために時限立法として実施されてきたものであります。部落解放運動に長年取り組んできた多くの皆さんは同和対策特別措置法は言ってみれば道路に大きな穴があいたものを特別な手立てをして平らにすべきものである。平らになってもさらに盛り続ければ山になり新しい障害が発生する、一刻も早くこの道路の修復を終わり、この制度を終わることを求めて闘い続けるこういうふうに願っていると明らかにしているわけであります。
 この間、全国では約14兆円、長野県でも2千数百億円が同和行政に費やされて、同和地区の生活環境は大きく前進しました。しかし、行過ぎた同和行政と部落解放同盟などの同和予算に絡む利権政治の横行は目を覆うものがあります。解同の暴力と暴力的な確認糾弾集会の頂点となったのが兵庫県の八鹿高校事件でした。1974年11月22日、解同の教育への介入に反対していた兵庫県八鹿高校の教師70人が集団下校しているところを襲撃し、両手両足を持ってトラックに放り込み学校に運んで監禁し様々なリンチを繰り返し重傷者2名を含む7名が入院したという悲惨な事件でした。「解同」は、この暴力事件に対して罪も認めず最高裁まで抵抗しましたが、最高裁に於いてこの暴力事件に参加した「解同」の同盟員の有罪判決が確定しました。今に至るもこの事件についての正式な国民への謝罪もしておりません。長野県においても中学校などの遊び半分の中で出てきた差別用語を誰が書いたかもわからない「落書き」を取り上げて市長や教育長など部落問題に対する認識が不十分であったと自己批判をするまで数時間にわたって糾弾し続ける人権蹂躙の糾弾集会が県下各地で繰り広げられてきました。その結果が今日の解同への途方もない団体補助金や乱脈同和行政を生み出したものです。「解同」はこの確認糾弾の方針は今でも持ち続けています。現在でも東信のある町では同和対策に関わる職員が昼夜に関係なく解同の事務所に呼びつけられ予算が通らなくなったのはお前の理解が足りなかったからだと激しく責められ、職員が謝るまで、ひどいときには夜中の12時まで8時間にわたって叱り付けられたということもおきています。「解同」の行政への介入、教育への介入の根を断ち切ることは日本の民主主義を守る上でも、民主的な長野県政実現の上でも不可欠の課題です。差別発言を理由に糾弾をし、糾弾を口実にした暴力行為、長野県でも団体補助金だけでも数億円にのぼります。わが党は同和行政の抜本的改善を一貫して求めて参りました。当時県政会の皆さんも我々には言えないがこの課題では一致できると共感すらいただいてきました。こうした中で長野県でも歪んだ同和行政は完全に解消することができました。今回の人権侵害の救済に関する法律は歪んだ同和行政の復活を目指すものであり、以上の理由から反対をして討論を終わります。
 


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